初めての方に

セカンドキャリア、セカンドライフ設計・研究所サイトにようこそ!

人生100年時代の到来を見すえ、新しい時代、新しい世界への大きな転換点に私たちは今います。

60歳定年までしゃにむに、あるいは何とか働ければ、残り15年を安泰に、気楽に過ごせるという神話、都市伝説もありましたが、私の経験では、なかなかそうはいきません。

自分の魂の望むこと、本当にやりたいことをしないと、死ぬ時後悔すると思います。

私は、少しでも多くの人が楽しく、本当の自分を生きられるように、この世の中が少しでもよくなるようにお手伝いしたいと思っています。

ここで、私の人生、経歴についてお話したいと思います。

私は、大学卒業後、東芝に入社し、米国大学院(MBA)留学を経て、日本にベンチャー文化を新たに創ろうと思い立ち、留学時代の友達らとベンチャーを起業して以来、私の人生は大きな荒波にもまれることになりました。まず、自分自身で立ち上げたベンチャー企業を、2年後には、自ら去ることになり、会社も仕事も友達も失いました。

次に、入社した外資系の金融企業では、上司との人間関係が原因のストレスで体調を崩して、ついに転職することにしました。転職先の外資系の金融情報企業では、リーマンショックによる本社の業績悪化などが原因で、退職勧奨を受け、仕事とプライドも失いました。

その後、生涯学習という教育事業の職を得ましたが、網膜剥離で左眼の視力を失うことになってしまったのです。これは本当にショックな出来事でした。大好きな読書ができなくなってしまい意気消沈していた最中、追い討ちをかけるように、その直後、今度は最愛の一人息子を事故で失うという人生最悪の出来事が起きてしまったのです。

その年、東日本大震災の遺族の心のケアをする宗教者(「臨床宗教師」)の育成のための講座が、東北大学大学院(文学研究科)に設置されたことを知り、東京での仕事を辞めて、東北大の門を叩いたのです。自分には何か使命があるのではないか。その活動をお手伝いができるのではないかと直感で感じました。

そして、そこで、愛する人を失うという喪失に寄り添うこと、そして、生きる意味を問い続けることから、ようやくたどり着いたのは「今、この瞬間瞬間を精一杯生きる」という思想だったのです。

私の場合には、このように、自分の使命に気づく前に、いくつもの喪失体験を繰り返さなければなりませんでした。

誰もが、いつかは喪失体験をし、その際、人生の意味を考えるでしょう。

それが早ければ、ラッキーですが、例えば50歳でも遅くないでしょう。

でも、60歳、あるいは、65歳で定年してから考えるのでは、少し遅すぎます。

私は、みなさんが、エゴ(自我)にとらわれず、この世界が少しでもより良くなるように、社会に貢献できればと思います。みなさんが、豊かで幸せな人生をおくるお手伝いができればうれしいです。

このホームページでの出会いは、大切なご縁だと思います。こちらのサイトでは、様々なコンテンツを提供していく予定です。どうぞ、参考になると思われたものがあれば、ご活用戴ければ幸甚です。

ビジョン

人類が共有すべき高次の価値観を認識し、より良い社会を創り出す

ミッション

セカンドキャリア、セカンドライフの設計を通じて、より多くの人が「成長」を実感できるような働き方、人生をおくれるようにお手伝いをすること