セカンドキャリア/ライフ「自分の使命を知る」〜瞑想合宿に参加してみた(3)

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瞑想は、毎日、朝4時半から始まり、通算では10時間以上になりますが、グループ瞑想と呼ばれる時間には、瞑想道場で、皆が集まり1時間単位で行います。

この道場は、前にも書きましたが、窓をカーテンで遮りますから、薄暗くなりますし、私の参加した回では、参加者が多くて、座る場所の前のスペースも狭かったのですが、横はほとんどスペースがありません。各自が座る席が決まっていて、私は、1列5、6名が並ぶ真ん中の席でした。

私は、閉所恐怖症で、新幹線や飛行機でも、通路側の席でないと、息苦しさを感じることがあるので、今回は、薄暗い場所で、真ん中に座って瞑想するのは恐怖でした。(3日目に、席を通路側に変えてもらいました)

グループ瞑想以外の時間帯も、瞑想道場に残って瞑想を続ける人も多い中、私は、終わるやいなや、部屋に戻って、ベッドの上で、瞑想していました。なにしろ、暗い道場で、目を閉じて瞑想するのが堪え難い苦痛でした。

また、同じように、夜、講話の時間があり、1時間か1時間半くらい、ブッダにまつわる話、生老病死の苦しみから逃れる手段としての瞑想の話など、エピソードを中心とした話がテープでながされます。

夜ですから、窓から光は入ってきませんが、照明はあまり点いていないため、部屋全体が薄暗いことに変わりありません。

この時間が、私には、一番、つらかった。この状態で話を聞いていると、死が本当に恐怖に感じられました。一方で、瞑想がその恐怖を和らげてくれるなら、早く瞑想の奥義にたどり着いて心安らかな心境に到達したいと思いました。

4日目から少し落ち着く

実は、最初の3日目までは、瞑想中に、呼吸を観察するというもので、ヴィパッサナー瞑想とは異なる瞑想法だったようで、この日から、カラダ全体の様子を観察するものに変わったいきます。

このあたりから、心は少し落ち着いてきました。さすがに、ドロップアウトして帰りたいという気持ちは収まりましたが、まだ、あと何日だ、といって残りの日にちを指折り数える気にはなりません。

グループ瞑想時間には、瞑想道場で我慢して瞑想しますが、終わればすぐに部屋のベッドに戻るというパターンも同じです。ただ、夜の講話時間では、逃げ出したくなるような気持ちになることがなくなってきました。

瞑想を通じて学んだこと

最終日に近づくと、なんと、薄暗い瞑想道場での瞑想がだんだん苦痛でなくなりました。

朝4時半〜6時半の瞑想は、グループ瞑想ではないのですが、その時間帯も瞑想道場で瞑想するようになりました。

夜、薄暗い部屋の中に入っていくのが憂鬱だったのに、これも克服されました。

この合宿を通じて、瞑想を「実践する」ことがいかに大切かに気づかされました。

瞑想に関する本を何冊も読んでいましたが、自分一人で実際に瞑想するのが苦痛でこの時まで瞑想を習慣化することができないでいたのです。

実際に瞑想にどっぷり浸ってみると、瞑想そのものが恐怖で、瞑想を続けていると、死への恐怖が薄らいできました。

また、講話にある、「すべては変化する(アニチャ)」=「無常」=というベースの考え、そして、瞑想によって自分のカラダを、ただ観察することでサンカラ(嫌悪)を消す。

瞑想合宿を終了すればそれで終わりとはいかないのですが、この体験で、死への恐怖は確かに和らぎましたね。

また、我々が常に、先々の不安、あるいは、過ぎ去った失敗などに惑わされて生きていることに気づかされました。

今に生きること、今に意識を向けて生きることが難しいのですが、人生には大切ですね。

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