「ヒトの寿命は55歳説」から考えるセカンドキャリア・人生設計(1)

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キャリア・天職

2016年、米国の研究チームが、「人類の年齢の限界は115歳」という論文を発表したそうです。これは今はやりの「人生100年時代」を裏付けるようなものです。

ただ、分子遺伝学の東大、小林武彦教授によれば、遺伝的に定めれた人間の寿命は、55歳程度ではないかと考えているそうです。この年齢あたりから、ガンで亡くなる人の数が急増するからで、細胞分裂時にDNAの複製エラーが生じるガンを、年齢とともに防げなくなるということです。

寿命は何年か?

セカンドキャリア/ライフを考える時、平均余命を基準にして、例えば、男性なら80歳まで生きるから、60歳定年なら、あと20年生きると思いますよね。今、雑誌などで、老後の破産をさけるために、貯金額がいくらで、年金がいくらだと豊かで、それ以下だと破産するなど、いろんなケースのシュミレーションをしめした記事の特集もよくみます。

平成28年(2016)年の簡易生命表(政府統計)で、「生命表上の特定年齢まで生存する者の割合」をみると、男性だと、65歳まで生きている人の割合(10万人あたり)は、89.1%、75歳で75.1%、そして90歳だと25.6%となっています。

つまり、65歳までに10人に1人は、亡くなることになります。75歳だと、志望率が4分の1ですから、100人だと25人は亡くなっている。

なにが言いたいかと言えば、65歳までの人生、あるいは、40歳くらいまでの人生なら、それまでは生きている可能性が相当高いのですが、50歳、あるいは55歳を過ぎたら、その先に統計的は余命があっても、自分がその年数生きられるかどうかは、天命、神のみぞ知る領域だということです。

いつ死んでもおかしくない

医療技術の発達のおかげで、我々はなかなか死なない状況に置かれています。

今は、人生80年時代ですから、60歳代、70歳代で亡くなれば、早すぎる死と言われることすらあります。

それでも、死に向合っている職業の人たち、末期治療、緩和ケアのお医者さんや医療関係者にも、助けられない病人もいれば、奇跡的に回復する患者もいて、人間の寿命とは、人間の力を超えていると述べている人が何人もいます。

人には、それぞれ決められた寿命があり、それは、時には、理不尽に、そして、突然訪れることもあります。

私の父も、胃腸の調子が悪いというので、地域の大病院で検査をすると大腸がんの診断で、入院、手術したものの、誤嚥性肺炎を併発して、3ヶ月で亡くなりました。

若い頃、結核を患った以外、大病をしたことがなかった父は、80歳過ぎとは思えないほど、元気で、健康そのものだったので、こんなに短い期間で亡くなってしまうとは信じられない思いでした。

病院の手術が良くなかったのではないか、別の専門病院で手術したほうがよかったのではないか、術後のケアが良くなかったのではないか、と自分の判断ミスを責め、病院を責める気持ちになったこともあります。

でも、これも「寿命」だったのだと考えるしかありません。

セカンドキャリア/ライフは、今を充実させる、次世代に貢献する

冒頭で引用した、小林教授は、公衆衛生、栄養状態の改善、医学の発展という「文明」によって、55歳以降の人生がもたらされたと言います。

さて、ヒトが生物として与えられた55年の人生を超えて、我々が生きる意味、意義はなんなのでしょうか?

先ず、自分の人生が、20年あるとは思わないことですね。いつ死ぬかは、わかりません。寿命は人智の及ばないところにあります。ですから、お金の心配ばかりしていても仕方ないです。

お孫さんの世話も、確かに次世代への貢献です。

高齢者が期待されてきたのは、経験と見識でしょうが、新しい世界は、技術革新が著しく、意識も急速に進化していますので、あまり、役にたたないかもしれない。

でも、大丈夫です。人には、皆それぞれに、与えられた使命があります。自分に向かいあって、勇気を持って進みましょう。