「自分の使命を知る」〜瞑想合宿に参加してみた

キャリア・天職

大学院を卒業後、大学職員として、心のケアをする宗教者(臨床宗教師)の育成プログラムの事務局の仕事をしながら、自分が今後何をすればよいかを考え始めました。

東日本大震災の被災者、特に、配偶者、子供などご家族を亡くした遺族のみなさんに寄り添うことの意義、また、臨床宗教師という日本における新しい専門家を育成するお手伝いをするのも楽しいことでした。

しかし、自分自身が宗教者ではなく、また、グリーフケア、スピリチュアル・ケア、そして死生学について学んだとしても、大学の教員でもない自分に、できることは事務作業に限られていました。

自分の今後のことを考え始めた時、『100%HAPPIER』という本を書店でたまたま見つけて手に取りました。

これはダン・ハリスという米国のニュースキャスターが書いた本で、ライバルとの競争、ドラッグ依存症などで、うつ病を経験した著者が、ディーパック・チョプラなど精神世界のリーダーを取材する中で、今流行のマインドフルネス瞑想にたどり着くという実話です。

ダン・ハリスは、カルフォルニアで実施される10日間の瞑想合宿に参加することになります(費用は1000ドル)。ここでは、毎日、およそ10時間、瞑想をおこないますが、「無言の行」といわれる、誰とも話してはいけないという条件があるのです。10日間、誰とも話してはいけないのです。

もともと、瞑想には関心を持っていました。

でも、長時間、目を閉じて座ることに、居心地の悪さ、我慢出来ない退屈さ、そして、本当に何か効果があるのかという疑問から、1度だけ座禅会に参加しただけでした。

ダン・ハリスは、この10日の瞑想合宿を、「人生でいちばん意義深い体験に近い」と書いていました。

私も、この合宿に参加してみたいと思い、インターネットで、色々探してみると、日本でも同じような瞑想合宿を受けられる場所が、京都と千葉にあることがわかりました。

ヴィパッサナー瞑想という、初期仏教で行われた、ブッダの瞑想といわれるもので、マインドフルネス瞑想のもとになっていることを知って、この施設のうち、申し込みが間に合った9月の下旬に、千葉に行くことにしました。

この体験は、確かに、人生の中で意義の深い体験になりました。

でも、実際に合宿に参加している12日間は、大変でした。

千葉の合宿に参加

千葉で行われる瞑想合宿に申し込みをして、その日が2週間先くらに迫ってくると、だんさん不安になってきました。

長時間にわたり瞑想すること=目をつぶって外を見ないこと=に対する不安もさることながら、10日間にわたって、誰とも話をしないことはもちろん、スマホ、PC禁止、読書もダメ、メモをとるのもダメ、ラジオ、テレビもない状態で、過ごさなければといけないと知って、憂鬱になってしまったのです。

私は、情報魔というか、テレビであれ、新聞・雑誌であれ、インターネットであれ、様々な事柄を調べることが大好きで、つまり、情報のインプットがやめられない性分だったのです。

さて、実際に合宿が始まり、夕方のオリエンテーション、食事の後から、いよいよ「無言の行」が開始され、瞑想法の導入説明が行われます。

瞑想する場所は、100人ほど入れるくらいでの広さで、照明も薄暗い感じの明るさで、仏教の講話のような話にどんどん気持ちが落ち込みました。

そして、夜9時過ぎ、就寝時間です。

ベッドが2列に並んで、20人弱くらいでしょうか、並んだベッドの間隔もす30センチくらいしかない。もちろん、ここでも会話が禁止、目を合わせてもいけないことになっています。誰かが、電気を消し、部屋全体が暗くなります。

明日は、朝4時起床で、4時半からは瞑想が始まります。寝ないといけないことはわかっていても、これまで2週間あまり、深夜2時くらいまでお酒を飲みながら起きている習慣をつけてしまった我が身には、9時半就寝はあまりに厳しい。

眠くないのに、暗い部屋の中で、何もすることが許されず、身動きできない状況に、情けない話ですが、少しパニックがおきて、我慢出来ず、部屋を出て、外の空気を吸いながら、敷地内を歩き回りました。

正直、もう帰りたい、ドロップアウトしようかと、合宿の世話役の人の部屋まで行きましたが、残念ながら、不在で、その夜は、自分の部屋に戻って眠ることができました。

二日目

翌朝4時に起き、4時半からいきなり、2時間の瞑想です。

一日12時間くらい瞑想する時間がありますが、半分くらいが、瞑想道場でみんな一緒に瞑想しますが、この道場では、窓にはカーテンがかけられていて、全体が暗いのです。

残りの半分の時間は、自分たちの部屋で瞑想しても良いことになっていました。もちろん、外ではNGで、部屋の中で行うことになっていました。私の場合、薄暗い道場で1時間以上、連続で目を閉じて瞑想するのは、苦痛で、部屋に戻って自分のベッドの上で、窓のカーテンを開けて明るくして瞑想して(あるいは瞑想のフリをして)いました。

そして、2日目の晩、9時過ぎには皆、ベッドに横になり始めます。9時半に電気が消えると、また、不安感が湧き上がって来て、ほとんど恐怖感に近い感じですが、もう怖くてベッドに横になっていることもできません。

しばらくして、また、起き上がり、外に出て、敷地内を歩き回ります。気がつくと、夜空には満天の星が輝いています。きれいだなと思いました。が、もう帰りたい、インターネットで、お医者さんの体験記で、途中でドロップアウトして帰った話を読んだことを思い出しました。他の人たちは、平気な顔でできているのに、「僕は、ダメダメ人間だあ」。

幸いなことに、その晩も、気持ちを抑えることができて、眠りにつくことができましたが、一体いつまでもつかなあと心配はつきませんでした。

瞑想は、毎日、朝4時半から始まり、通算では10時間以上になりますが、グループ瞑想と呼ばれる時間には、瞑想道場で、皆が集まり1時間単位で行います。

この道場は、前にも書きましたが、窓をカーテンで遮りますから、薄暗くなりますし、私の参加した回では、参加者が多くて、座る場所の前のスペースも狭かったのですが、横はほとんどスペースがありません。各自が座る席が決まっていて、私は、1列5、6名が並ぶ真ん中の席でした。

私は、閉所恐怖症で、新幹線や飛行機でも、通路側の席でないと、息苦しさを感じることがあるので、今回は、薄暗い場所で、真ん中に座って瞑想するのは恐怖でした。(3日目に、席を通路側に変えてもらいました)

グループ瞑想以外の時間帯も、瞑想道場に残って瞑想を続ける人も多い中、私は、終わるやいなや、部屋に戻って、ベッドの上で、瞑想していました。なにしろ、暗い道場で、目を閉じて瞑想するのが堪え難い苦痛でした。

また、同じように、夜、講話の時間があり、1時間か1時間半くらい、ブッダにまつわる話、生老病死の苦しみから逃れる手段としての瞑想の話など、エピソードを中心とした話がテープでながされます。

夜ですから、窓から光は入ってきませんが、照明はあまり点いていないため、部屋全体が薄暗いことに変わりありません。

この時間が、私には、一番、つらかった。この状態で話を聞いていると、死が本当に恐怖に感じられました。一方で、瞑想がその恐怖を和らげてくれるなら、早く瞑想の奥義にたどり着いて心安らかな心境に到達したいと思いました。

4日目から少し落ち着く

実は、最初の3日目までは、瞑想中に、呼吸を観察するというもので、ヴィパッサナー瞑想とは異なる瞑想法だったようで、この日から、カラダ全体の様子を観察するものに変わったいきます。

このあたりから、心は少し落ち着いてきました。さすがに、ドロップアウトして帰りたいという気持ちは収まりましたが、まだ、あと何日だ、といって残りの日にちを指折り数える気にはなりません。

グループ瞑想時間には、瞑想道場で我慢して瞑想しますが、終わればすぐに部屋のベッドに戻るというパターンも同じです。ただ、夜の講話時間では、逃げ出したくなるような気持ちになることがなくなってきました。

瞑想を通じて学んだこと

最終日に近づくと、なんと、薄暗い瞑想道場での瞑想がだんだん苦痛でなくなりました。

朝4時半〜6時半の瞑想は、グループ瞑想ではないのですが、その時間帯も瞑想道場で瞑想するようになりました。

夜、薄暗い部屋の中に入っていくのが憂鬱だったのに、これも克服されました。

この合宿を通じて、瞑想を「実践する」ことがいかに大切かに気づかされました。

瞑想に関する本を何冊も読んでいましたが、自分一人で実際に瞑想するのが苦痛でこの時まで瞑想を習慣化することができないでいたのです。

実際に瞑想にどっぷり浸ってみると、瞑想そのものが恐怖で、瞑想を続けていると、死への恐怖が薄らいできました。

また、講話にある、「すべては変化する(アニチャ)」=「無常」=というベースの考え、そして、瞑想によって自分のカラダを、ただ観察することでサンカラ(嫌悪)を消す。

瞑想合宿を終了すればそれで終わりとはいかないのですが、この体験で、死への恐怖は確かに和らぎましたね。

また、我々が常に、先々の不安、あるいは、過ぎ去った失敗などに惑わされて生きていることに気づかされました。

今に生きること、今に意識を向けて生きることが難しいのですが、人生には大切ですね。