セカンドキャリア、セカンドライフ「学ぶ」〜大学院に入学してみた(2)

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私の場合は、東京での仕事をやめて、仙台に移住して、東北大学に入学したのですが、もうひとつ合格した東京の私立大学に、働きながら通うという選択もありました。

大学で学位をとるとしても、夜間や、週末に授業を受けられるところもあります。

フルタイムで学ぶか、パートタイムで学ぶかは、経済的な事情などもあるでしょうから、どちらが良いかは一概には言えませんが、私の場合には、どっぷり2年間、100パーセント学生としての生活を送ろうと決意した次第です。

フルタイムか、そうでないかよりも、やはり何を学ぶかが大切だと思います。

大学の研究テーマとしては、「死生学」に関することを決めましたが、同時に、先に述べた「臨床宗教師』という心のケアをする宗教者を育てるという日本でも先進的な取り組みに参加したいという思いでした。

大学外で実践的に学んだこと

入学前には、予想もしていなかったのは、臨床宗教師の育成プログラムのお手伝いをする中で、多くの、おそらく100人くらいの宗教者の皆さん、多くは僧侶の方ですが、他にも、キリスト教など様々な宗教者の皆さんと、接してお話をする機会をたくさん持てたということです。

僧侶のみなさんは、仏教の様々な宗派に属しており、その教義、しきたりも大いに違うことを目の当たりにしましたが、同時に、何とか人のために、人を助けたいという思いを思いを持っておられて、宗派を超えた連帯もありました。

また、キリスト教の牧師、シスターの人を思いやる温かさ、新宗教の教師のみなさんが、日々悩み相談をされて多くの人の支えになっていることなど、宗教者の皆様の社会における貢献には頭が下がる思いでした。

大学の座学で学んだこと

授業では、オーソドックスな宗教に関すること以外に、遺族に対する「グリーフ・ケア学」、末期患者への「スピリチュアル・ケア」といったカウンセリング、心理学に関連する分野の授業を受講しました。

これらは、私の最大関心事である「死生学」に関連するものでもあり、また、「臨床宗教師」が実際に遺族や患者に接する場合に必要な知識でもあります。

グリーフケアについては、私自身が入学前年に自分の子供と死別しており、東日本大震災の遺族の方の気持ちを理解すると同時に、自分がどうこのことと向合っていくべきかを考える貴重な時間でした。

死別とは「喪失」体験のひとつであり、人は、どんな人も人生において段階的に死別も含めた「喪失」体験せざるを得ない。病気になることは健康を失うことであり、リストラは仕事を失うこと、離婚は配偶者を失うこと。死別は特にショックが大きいですが、他の喪失も決して小さいものではなく、人はそれに向合い、回復するプロセスを踏んでいくのです。

一方、スピリチュアル・ケアは、生きている本人が死に直面するという苦しみに対処する方法です。

具体的には、ガンの宣告、余命宣告、ホスピス、末期治療の段階で、本人の死=自己消滅=の恐怖に対して心のケアをするという大変難しい仕事です。

大変恥ずかしい話ですが、私は子供をなくした時、2、3日悲しみの中にいましたが、その後、自分自身の死に対して、言いようのない恐怖を感じ、それが数日続きました。日頃考えていない、しかし、近い将来自分にも必ず訪れる「死」というのが、現実味をもったからかもしれません。

ですから、このスピリチュアル・ケアと、グリーフケアという死にいく本人と残された遺族という対立軸ではなく、死(死生学)を考える上で、同じ土俵にあるものと自分の中では腑に落ちました。

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